2005年8月16日 宮城県沖地震
16日11時46分頃地震がありました。震源地は宮城県沖 (北緯38.1°東経142.4°)で 震源の深さは約42Km、地震の規模(マグニチュード)は7.2と推定されます。宮城県沖地震 記録は、こちら
宮城県沖地震 体験者談
宮城県在住のチームメンバーの体験談やインタビューです。
CASE 001
チームのかおかおさん
宮城のかおです(泣)生きてます(泣)家も壊れませんでした(泣)
・・・怖かった・・・・娘と二人はだしで家を飛び出して、道路の真ん中で抱き合ってました。抱き合ってないと立っていられない、そんな感じでした。お互いに唇が真っ白になりました。アスファルトの上にはだしで立っていましたが、地中から突き上げられる感じ。よく公園に板の下にバネがあって、その上でバランスを取る遊具があるんですが、まさにソレ!地面が動くんです!
最中は「もうやめてー家が壊れるー」って言ってました。長かったです。
家の被害は、神棚の榊立てがまたまた落ちて割れ(三度め)た位です。
東西に揺れたので、固定していない家具は10センチほど移動。ピアノは全く移動なし。
おととしの直下型がいかにものすごかったか、(今回も怖かったけど)今更ながら思います。家具の固定は威力発揮です。おととし倒れた家具は、固定済みのためびくともしませんでした。みなさん、ゼッタイ必ずいますぐやって下さい。
15日の夕方の夕焼けは、真っピンクに染まって思わず「きれーい!」とうっとりする位不気味でした。
当日は普通でした。くしくも16日は娘の誕生日で、夕食のメニューに思いをめぐらせていたためか、全く覚えていません。
ただ、やっぱりネコは家のどこかに消えていました。地震が終わって落ち着いて、30分程過ぎたくらいに、姿を現しました。北部地震のときもそうだったので、もうそんなに大きな余震はないかなと、ネコが側にいるときは安心なんです。
本当にこれで、この程度で想定されている「宮城県沖」が終わって欲しいです。これは宮城県人なら全ての方が願ってると思います。もう!誰にお願いしていいのか分からないけれど、神様がいるならお願いします。
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かおさんにインタビューしてみましたが、かおさんは、2年前の5/26、7/26の宮城地震震度6を2回体験しています。
今回の地震発生後、今回ライフラインは問題なかったようです。電話はしばらくつながらず、勿論携帯電話も1時間ほどは不通になったようです。一般電話は比較的早く復旧。2年前の宮城地震では、半日つながらなかったようです。また前回は家具固定をしておらず、部屋の中は大変だったようです。今回は北海道から四国まで揺れたほどですが、前回は局部的に強い揺れでした。
かおさん
「チームメンバーのお仲間から、そろそろ地震が来そう気をつけてと言われていましたが、すっかり忘れていた時、突然、ゴゴゴーという音。 その音の後に、ズシッ、ミシッ、ガチャーン、ガンガン。。ゴゴゴーという音を聞いた時にはもう家が壊れると思い、とっさに娘と外に逃げていました。町では地震発生15分後くらいに、"地震が発生しました、津波に注意してください"と放送がありました。家具は本当に固定しておいてよかった、3回の地震で必要と思うもの、家具の固定!
ヘルメット、バール、靴! 」
今回の地震が、国内で最も高い発生確率の「宮城沖地震」であり、これで終わってほしいと思いますが、想定されているより少し早め?とも言われ、今後の動きが気になります。
CASE 003
宮城北部さん
‘宮城北部’です。
今回の地震は、県北部の田尻町の県道を乗用車で走行中に遭いました。震度5強、でした。
聞いてはいたものの、本当にパンクしたような感じでした。それも4本のタイヤがいっぺんにフニャフニャになったような感覚で、「パンクかな? パンクにしては変だなあ、地震か!?」案の上、車を路肩に止めても車は激しく横に揺れ、大きな地震だと気づきました。見ると、電柱やガードレールはユラユラと揺れ、道路が波打っていたのがはっきり見えました。
車の通りが激しくスピードも出ていれば、あわててブレーキをかけた車で事故につながる可能性もあるだろうなと思いました。
前日の夕焼けは不気味でした。一応、とおもいつつ写真もとっていましたが、かなり強烈な赤焼けで、東の空もあかね色に染まっていました。くるぞーくんからも大きめの地震が予測されていたので、これはくるかな、と思っていたところに本当にきてしまいました。
これで宮城の地震は終わってほしいのですが、想定される宮城県沖の本命はどうもまだのようです。「そのときがきたら」「そのときがくるまえに」・・・日頃からの地震対策は大事ですね。
CASE 004
てしさん
でも、みんなそうだと思うけどやっぱり2年前の方が恐怖心は大きかったと思いますよ。
地震研究とある程度の地震予測、チームの人たちからの注意などで、「危ないかな」って思って身構えているのと全然地震の事など頭になくていきなりM7がくるのとでは雲泥の差です。
あの5月は直下型でした。
遠くからくる地震は地鳴りとともに来ますから少しは地震がくるなって身構えられるけど、
直下型はとにかくいきなり
「来るんです」
がんって始まって、普通地震は一秒でも長いくらいでしょ、それが終わらないで、逆に揺れが激しくなってくる、そして経験したことがないような縦揺れ。横揺れはそれなりに皆さん経験あると思うんですけどコップに入っているダイスみたいに上下に動かされる感じってほんとになにかにつかまっているしかない。
その他はなんにもできません。
あの恐さは・・・
地震の恐さは拠り所がなくなる恐さですね。
で、今回はある意味公共の場所の中で、がたがたと揺れ始めて、これ変だなって思ってそうすると理性とかはどこかに飛んで(頭に何かかぶれとか言われますが、そんな理性は働かなくなります)
とにかく外に出たい~~~本能が先走って・・・走りました。
で、走ったので、どんな風に揺れたか分からない訳です。恥ずかしぃ。
そして、車の側まで来て、車と一緒に揺れながら
(駐車場中の車がみんなうごうご、がたがた揺れてるわけです)
揺れが治まるのを待っていたのです。
で、すぐ車のラジオを・・・。
当然、放送局でもどこが震央なのか正確な事はまだわかりません。
携帯を取り出して、家族とかと連絡を取る努力をするわけです。
しかし、地震発生から10分くらいからはもう繋がらなくなります。
こっからが携帯が使えなくなる時間が始まるんですね。
外出時のラジオが絶対必要と実感したのはここからです。
で、もう何回かしらん?震度4を超える地震の体験は・・。
それを通して言えることは大きな地震が来たら、人間はなんにもできなくなるってことですね。
だって、大きな地震を体験するだけでも、すごいショックなんです。
なので、携帯ラジオとお金と保険証が入る小さなバックでもいつも自分の近くに置いておいて、揺れたらそれを持って逃げるとか最小限の事を自分に課しておくぐらいでいいんじゃないのかな。
そして、そんな風にシンプルにしても逃げられるような環境をあらかじめ整えておくというのも大事なのではと思いました。
昨日の地震が宮城沖ではないというニュースを見てちょっとゆーうつな気分で居りますてしでした。